2011/12/13
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2011/12/10
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2011/10/06
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2011/09/21
ゲームにおける選択肢、パート1
今回の記事は、Wizards of the Coast から Decisions, Decisions, Part I という記事の翻訳です。書き手は、マジック:ザ・ギャザリングの現ヘッドデザイナーである Mark Rosewater です。
ゲームにおける選択肢というものをテーマにして、それを付加的な選択肢である「オプション」と、排他的な選択肢である「チョイス」に分類し、マジック:ザ・ギャザリングに見られる事例を挙げながら語っていく内容です。
原文における「decision」という語は、一般的には「決定」と訳されることが多いですが、この訳文の中では、文脈に合わせるために「選択」または「選択肢」と訳しています。
それでは、以下からが本文です。
ゲームにおける選択肢、パート1
今日のコラム(と再来週のコラム)では、あるデザイン原則について語る。ここのところ、それについて非常によく考えているんだ。今回話す原則が、マイクロからマクロまでの様々なレベルでデザインに影響することを説明するため、マジックのデザインにおける五つのレベルにどのように影響しているかを見ていこうと思う。つまり、カード、メカニクス、セット、ブロック、メタルールの五つのレベルだ。こういった話が好みじゃないなら、今すぐ立ち去るといい!
「話を聞かせていただけますか」
今日話すことになるデザイン原則は、プレイヤーに選択肢を与えることに関係している(私のクレバーなコラムのネーミングシステムを解き明かしている読者には、既にわかっていたかもしれない)。ゲームに選択肢を加えることは、よいことなのだろうか? 選択肢はゲームをおもしろくするだろうか? ある種の選択肢が、他の種の選択肢よりもよいということがあるだろうか? これらの疑問に対し、それぞれ要点だけを答えよう――「よいことでありうるが、常にではない」。「おもしろくしうるが、常にではない」。そして、「そのとおり」だ。
選択肢を作るというのは、ゲームデザイナーの引き出しに入っている大事な道具のひとつだが、使いようによってはゲームをよくすることもあるし、悪くすることもある。私は今日(と再来週)のコラムで、ゲームに組み込むことのできる様々な種類の選択肢について説明し、きみたちがよい選択肢と悪い選択肢を区別するための助けができればと思っている。ちなみにこの話は、非常によく信じられているゲームの神話のひとつに正面から反抗することになる。多くのプレイヤーは、選択肢というものがゲームにとって完全によいものだと信じているんだ。デザイナーが選択肢を増やせば増やすほど、ゲームがよいものになる、と。この信仰は、裏返せば、どんな選択肢でもそれを取り除くことがゲームに悪影響をもたらすはずだという考えでもある。
選択肢をゲームから取り除くことが自動的にゲームの悪化に繋がることはない、というのが私の主張だ。それを疑う人たちのために、ちょっと例を使って話をさせてもらおう。私が『グーゴルプレックス』*1と呼んでいるゲームを紹介したい。こいつは驚くべきゲームだ。名前のとおりグーゴルプレックス個のルールがあり、その数は、宇宙に存在する原子の数よりも多い。明らかにこのゲームはプレイすることが不可能なのだから、きみの友人たちを拷問にかけたいのでもない限り、『グーゴルプレックス』に役目はないだろう(いつの日か、私の大好きな『アブストラクツ』*2というゲームについても語らせてもらおう。このゲームを私と一緒にプレイした人は、みんなこのゲームを嫌いになるんだ)。
さてもうひとつ、私が『ウグ』*3と呼ぶゲームを紹介させてもらおう。これはひとり用のゲームだ。プレイヤーは「ウグ」と言う。そうすれば勝ちだ。『ウグ』は魅力的なゲームとは言えない。ある一回を除いて、私はプレイするたびに毎回勝利している(その一回のときは、別の勝利条件がないかと試していたんだ)。『ウグ』と『グーゴルプレックス』は、ひとつの軸の両端だ。『ウグ』にはたったひとつだけのルールがあり、『グーゴルプレックス』には名前のとおり10のグーゴル乗のルールがある。こういったばかげた例を使って言おうとしているのは、選択肢には、少なすぎる場合と多すぎる場合がありうるということだ。基本的にはこういう話だ――ゲームには、退屈になりすぎないだけのルールが必要だが、プレイのしかたが理解できなくなるほどルールが多すぎてもいけない。一般的には、この両極の間のどこかにスイートスポットが存在する。
どうしよう、どうしよう
今日はデザイン原則について話す日だから、語ることを明確化するために、いろいろな用語を定義していくことになる。意図する含意を持たせるために、それらの言葉の意味を曲げるつもりであることを強調させてほしい。英語というのは広大なものだから、詳細なことを語ろうとすると意味を取り違えてしまうということが起こりうる。だから、いくつかの単語を私の意図に沿うかたちで定義するのを許してほしいということだ。
今日のレッスンでは、選択肢というものを二つのカテゴリに分類する。オプションとチョイスだ(最後にもう一度。厳密な辞書の定義においてこの二つの言葉が同義語だということはわかっている。だが今日は私の目的に沿わせるために、この二つの言葉は明確に異なるものを指すものとして定義させてもらう)。
オプションというのは、付加的な選択だ。これはプレイヤーに、もともとあるものとは競合しない、追加の何かを与えてくれる。この定義を簡単に理解するために、車のオプションのことを考えてほしい。車にラジオを付けることを選んでも、他の何かを諦めなければならないということはない(ここでは費用のことは考えから外そう)。たとえば、ラジオを取り付けたからといって、エアコンの性能が悪くなるというようなことはないわけだ。
チョイスというのは、排他的な選択だ。これは、他のものに影響を与える選択肢だと言ってもいい。そう、新たな機能を得ることができるが、そのためには古い機能を代償として失わなければならないというようなことだ。この定義を簡単に理解するために、ヘアスタイルのチョイスのことを考えてほしい。髪を短く切ることはできるが、そうすればパーマをかけることはできなくなってしまうだろう。また、髪全体をある色に染めることはできるが、そうすれば別の色に染めることはできなくなってしまう。
オプションとチョイスは、どちらも選択肢を提示するものだ。だが、そのあり方は非常に異なる。オプションは何をしたいかを選ばせるが、チョイスはどのようにしたいかを選ばせる。ゲームにおいてはそのそれぞれに役割と目的があり、ゲームデザイナーはその両方を使うことになる。しかし私は、この二種類の選択肢が、ゲームデザインにおいて等しい価値を持っているとは思っていない。私の考えでは、チョイスの方が、オプションよりもずっといいゲームプレイを産み出してくれる。
今の私の言葉を聞くと、多くの人が最初は驚く。オプションはチョイスより明らかにいいものじゃないか、ってね。たしかに、実生活の中ではそうだ。利益は大きければ大きいほどいい。「ラジオとエアコン」もしくは「ラジオかエアコン」、どっちがいい? と聞けば、答えは明らかだろう。でも、ゲームは実生活とは違う。似てさえいない。
ゲームというのは、興味深い選択を行うものだ。ゲームというのは、精神的な試練を自分に課すことであり、障害に囲まれる中で解決法を見つけ出すことだ。ゲームをおもしろくしてくれるのは、制限だ。私はしばしばこのコラムで、「制限が創意を育む」ことについて語っている。そう、制限はよいゲームプレイをも育むということだ(創意とよいゲームプレイの間の関係性について熟考したい人たちは、ぜひそうしてくれたまえ。そのトピックについてのコラムも、いつか書くつもりだ)。
ゲームを評価するとき、そもそもなぜゲームをプレイするのか、ということを忘れてしまう人が多すぎると私は思う。この問題の根は、ゲームがプレイヤーに、普通ならば避けたいと思うようなことをさせる、ということにあるのではないかと私は考えている。そういうふうにして、プレイヤーの生来の本能を少し抑えてしまうんだ。完全に実用的な意味がないことを、実生活におけるゲーム以外の場面でやりたいと思うだろうか?
ゲームデザインの大部分は、ゲームにおける「how」だけではなく「why」をも学ぶことにある。たとえば「ティミー」「ジョニー」「スパイク」の三つのサイコグラフィクスは、デザイナーとしての私が持つ、なぜ人々がマジックをプレイするのかを理解したいという願望から生まれた。今日話す原則も、同じような場所から生まれている。
いずれにせよ、あるものが他のものよりもよいと明言するのは、私にとっては楽しいことだ。だが、プディングの味は食べてみなければわからない*4。この原則がマジックのデザインの様々なレベルに適用できることを説明するために、その五つのレベルに飛び込んでいこう。
レベル1 - カードのレベル
何年も前に、私は Design 101*5 というコラムを書いた(その続きは、もちろん、Design 102 と Design 103 だ)。そこで私は、マジックのデザイン初心者がもっとも陥りがちな失敗について解説した。そういった失敗の第一位は、デザイナーが一枚のカードに要素をたくさん詰め込みすぎてしまうことだ。ここで私は美の欠如や不要な複雑性について語ることもできるが、今回は選択についてのコラムだ。だからそこに焦点を当てさせてもらおう。カードに能力を押し込みすぎるべきではない理由は、オプションが多すぎるとおもしろくなくなってしまうからだ。
例として、次のカードを見てみよう(註:カードのコストには「?」と記してあるが、それはコストが可変であることを表しているわけじゃない。私はこれからこのカードに変化を加えていくが、それに応じてコストが適切なものに変わると考えてほしい。能力の多いカードと少ないカードが同じコストだと思わないでほしいということだ)。
〈槍を持つ男/Guy with Spear〉
?R
クリーチャー - 人間・戦士
4/1
1: CARDNAME*6 はターン終了時まで先制攻撃を得る。
おもしろいカードだ。パワーが高くてタフネスが低いというのは、起動型能力によって先制攻撃*7を得るという部分といいシナジーを形成している。
さて、もうひとつ能力を加えてみようか。
〈槍を持つ男/Guy with Spear〉
?R
クリーチャー - 人間・戦士
4/1
1: CARDNAME はターン終了時まで先制攻撃を得る。
1: CARDNAME はターン終了時までトランプルを得る。
このカードは、最初のものよりもいいデザインになっているだろうか? カードができることは増えているが、焦点が曖昧になってしまっている。私が思うに、この二番目のカードは、デザインの視点から見れば一番目のカードのダウングレード版だ。ほんの少しの付加価値を得るために、文章も複雑性も増してしまっている。しかも、この二つの能力がおもしろいチョイスを生むことはほとんどない。タフネスが4以下のクリーチャーがブロックしてきたなら、先制攻撃を持たせる。対戦相手に1点か2点のダメージを与えたいなら、トランプル*8を与える。ただそれだけだ。たしかに、いつの日か、ブロッカーを倒すか対戦相手にダメージを与えるか、どちらか一方を選ばなければならない日が来るかもしれない。でも、その可能性はごくわずかでしかない。
さて、このカードをもうちょっと違う方向に調整してみよう。
〈槍を持つ男/Guy with Spear〉
?R
クリーチャー - 人間・戦士
4/4
CARDNAME の上に-1/-1カウンターを1個置く: CARDNAME はターン終了時まで先制攻撃を得る。
このバージョンでは、能力を増やすのではなく、プレイヤーのチョイスを増やした。先制攻撃を得ることに、このクリーチャーを永久に弱体化させるだけの価値があるだろうか? デザイナーの感性から言って、私にはこのバージョンは最初のバージョンのアップグレード版だと思える。最初のカードの場合は、どんなときに先制攻撃を得る能力を起動させればいいかは常にわかっている――マナがあって、先制攻撃によるダメージで倒せるクリーチャーと戦闘中か? その答えがイエスなら、能力を起動すればいい。たしかに、そのマナを他の何かに使うべきか、というおもしろいチョイスが生まれる可能性はある(起動コストを上げることによって、よりそうなるだろう)。でも、ゲームプレイの可能性は、いくぶん限られている言える。
一方でこの三番目のカードは、プレイヤーが重要な選択をする瞬間をたくさん生み出してくれる。これは、対戦相手にさえおもしろい選択肢を与える。オプションはカードを有用にするが、ゲーム中におもしろい状況を生み出すことはあまりない。
レベル2 - メカニクスのレベル*9
このセクションを、ちょっとしたクイズで始めさせてほしい。ここに『ウルザズ・サーガ』のカードが一枚ある。《抹消/Expunge》だ。
私はこのカードを、デザイン上の失敗だとみなしている。なぜか? これは強いカードで、ドラフトにおいて初手でピックする価値さえあるのに(『ウルザズ・サーガ』のドラフトで、黒が完全にぶっ壊れていたことを勘定に入れなくてもだ――《黒死病/Pestilence》をコモンにするなんて、われわれはいったい何を考えていたんだ?)。このカードは、構築戦でもいくらか使われたはずだ。何が問題なんだろう? これだ*10。
いったいいつこのカードをサイクリングすればいいと思う? 私には三つしか思いつけなかった。
ちょうど2マナしか出ていない状態で、数ターンにわたるマナスクリュー*11に陥ったとき。
相手のデッキに黒かアーティファクトのクリーチャーしか入っておらず、しかもそれがわかるだけの知識を自分が持っているとき。
カードをサイクリングしたときに効果を発揮する《霊体の地滑り/Astral Slide》のようなカードを場に出しているとき。
デザインの観点から言えば、三つ目は数に入れることさえできない。そういったカードは『ウルザズ・サーガ』には存在していなかったんだから(その登場は『オンスロート』まで待たなければならない)。残りの二つのケースもあるにはあるが、どちらも、せっかくのクリーチャー破壊呪文を手放さなければならないという楽しくない瞬間を作り出している。本質的に言って、ここでの問題はひとつのことに要約できる。そう、その能力が意味を持つことはあるかもしれないが、その状況が少なすぎるんだ。
ここでの教訓は、カードに何を持たせるか注意深く考えなければならないのと同様に、メカニックに何を持たせるかも注意深く考えなければならないということだ。サイクリングというメカニックには、サイクリングするという選択肢がおもしろくなるようなカードが必要だ。ほとんど常にサイクリングするか、あるいはほとんどまったくサイクリングしないかのどちらかである場合、そのカードの能力がサイクリングを輝かせることはないだろう。
メカニックのための効果のデザインの難しいところは、そのメカニックがどんなおもしろいチョイスを生むかを理解しなければならないという点だ。どこに焦点があるだろうか? バイバック*12は、それを手札に戻すべきか、使い捨ててしまうべきかという問題を生む。変異*13は、現れうるクリーチャーの可能性を常に考慮させる。回顧*14は、土地というコストと呪文による効果のどちらをとるべきかを考えさせる。いずれの場合もデザイナーは、メカニックの潜在能力を引き出すカードを選ばなければならない。
さらに一歩引かせてもらおう。選択は、メカニックを持つカードを作るときにだけ重要なのではなく、メカニック自体を作る際にもきわめて重要だ。メカニックを評価するとき、デザイナーが最初に考える事のひとつは、それがおもしろいチョイスを生むかどうかということだ。そのメカニックは、核心において、プレイヤーにおもしろい選択をさせているか? これまでに成功してきたメカニクスを振り返ってもらえば、それらが魅力的な問題をプレイヤーに提示していることがわかるだろう。それらは、そのカードから得られるものをプレイヤーに絶えず評価させ続ける。
初心者デザイナーがメカニクスを作り始めたときに陥りがちな罠をひとつ教えよう。選択させるものを作るのではなく、普遍的な価値を付け加えてしまうことだ。たとえば、ある X というものがよいものだとしよう。パーマネントや呪文にその X を付け加えると、単純によいものになる。でも、X がプレイヤーに思考の機会をもたらすことはない。ただ価値を加えるだけだ。付加価値は、実生活においてはいいものだが、ゲームにおいては退屈なものになりがちなんだ。
自分が飛べたらと想像してみてくれ。とてもすばらしいことだ。次に、マジックにおけるすべてのクリーチャーが飛べたらと考えてみてくれ*15。それはゲームにとっていいことだとはとても言えない。デザイナーは、カーブボールを投げなければならないんだ*16。つまり、プレイヤーにオプションを与えすぎるということは、きみの仕事によくない結果をもたらすということだ。
たまねぎの皮をむく
このコラムを書き始めたときは、こんなにも長くなるとは思っていなかった。デザインの原則を探るうえでもっともクールなことのひとつは、それによってさらなる余地を発見できることが多いという点だ。そういうわけで、私がまたこの話をしに戻ってくるまで、二週間待ってほしい。ご理解のとおり、『マジック2010』*17に関する選択の多くは、マジックの個々のカードのデザインと同じく、この原則に関わっている。
来週は、全三部からなるテーマウィークの第二部だ――コンボプラッターをお届けしよう。
そのときまで、きみが足を止めてものを見るときに、そのすべてが繋がっていることに気づきますよう。
*1: 原文では「Googolplex」。googolplex というのは10の googol 乗のことで、googol というのは10の100乗のこと。
*2: 原文では「Abstracts」。
*3: 原文では「Ug」。
*4: 「論より証拠」と同じような意味の慣用表現。
*5: 「デザイン入門教室」というような意味。
*6: 「CARDNAME」という部分は、このカード自体のことを指します。デザイン中は最終的なカードの名前が未定であるため、このような書き方をしています。
*7: 戦闘のときに、相手クリーチャーよりも先にダメージを与えられるという能力。
*8: 相手クリーチャーにダメージを与えた際に、そのタフネスを超えた分のダメージを貫通させて相手プレイヤーに与える能力。
*9: ここでの「メカニクス」は、通常の言葉というよりはMTGでの用語で、「サイクリング」などの特定のゲーム要素を指します。
*10: 原文では、ここで「サイクリング」の文字に赤丸をつけたカード画像が示されています。
*11: 「土地事故」とも。山札から土地を引くことができず、カードのコストを支払うためのマナが生み出せない状態。
*12: 追加のコストを支払うことで、使用した呪文を手札に戻してもう一度使用できるようにする能力。
*13: クリーチャーをいったん正体を隠して裏向きで場に出し、あとから表向きにできる能力。
*14: 土地を捨てることで、墓地にある呪文を使うことができる能力。
*15: マジックにおける「飛行」は、同じく飛行を持っているクリーチャーにしかブロックされないという能力。
*16: おそらくは「打ちにくい球を投げる」ということで、「単純によいものを与えるだけではよくない」という意味。
*17: マジックの基本セットのひとつで、当時最新のもの。
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2011/09/17
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2011/09/16
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2011/08/17
Wicks Looper (via Wicks Looper make experimental ambient drone music by rarebeasts)
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2011/04/30
about 1 hour ago via TweetMe for iPhone „
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@perrier__ レコーディングとライブで違うけど、BD(ふみっぱなし)→ケンタウルスかトーカイのディストーション→BOSSのディレイ&リバーブ(灰色のやつ)かなー。レコーディングだと、デイヴのお家にあったやつを借りたりもしてました。
about 1 hour ago via TweetMe for iPhone in reply to perrier__
@k1tek はいー!BD(だいたいふみっぱなし)→ケンタウルス→プルーンアンドカスタード→マクソンのアナログディレイでーす!
about 1 hour ago via TweetMe for iPhone in reply to k1tek
2 notes :: Quote posted at 22:03 Permalink
2011/04/12
1,112 notes :: Photo posted at 15:00 Permalink
2011/04/04
LCD Soundsystem
“All My Friends”
Live at MSG, 4/2/2011The video doesn’t get across the incredible energy in the room during this song. It was magical; one of the best things I’ve ever seen at a show of any size. The entire arena was flipping out, totally lost in memory and emotion and physical movement. Just as Scott Plagenhoef predicted, everyone lost it when Murphy sang “to tell you the truth, this could be the last time.”
(Source: youtube.com, via pitchfork)
Notes :: Video posted at 05:40 Permalink
Here’s LCD Soundsystem’s final gig at Madison Square Garden from last night in its entirety. The setlist goes as follows:
Dance Yrself Clean
(with “I’m Not In Love” by 10cc intro)
Drunk Girls
I Can Change
Time To Get Away
Get Innocuous!
Daft Punk Is Playing At My House
Too Much Love
All My Friends
Tired
(with “Heart of the Sunrise” by Yes snippet)
—
Set 2
45:33 Part One
45:33 Part Two (w/ Reggie Watts)
Sound of Silver
45:33 Part Four
45:33 Part Five (w/ Shit Robot)
45:33 Part Six
Freak Out/Starry Eyes
—
Set 3
Us v Them
North American Scum (w/ Arcade Fire)
Bye Bye Bayou (Alan Vega cover)
You Wanted A Hit
Tribulations
Movement
Yeah (Crass Version)
—
Set 4
Someone Great
Losing My Edge (With “Da Funk” by Daft Punk snippet)
Home
—
Set 5
All I Want
Jump Into the Fire (Harry Nilsson Cover)
New York, I Love You But You’re Bringing Me Down (with “Twin Peaks Theme” by Angelo Badalamenti intro)
(via pitchfork)
458 notes :: Video posted at 05:40 Permalink
2011/04/03
「ビルの階数」と「エレベータに並ぶ人数」でエレベータが停まる回数がわかるの法則 で登場したのが、こんな法則です。
M階のビル(の一階)で、エレベータの前にN人が並んでいるならば(そのN人がエレベータに乗り込むならば)、平均的に、エレベータが停まる「階の数」は
M ( 1- ( (M-1)/M )^N )
と表されます。
たとえば、お昼間近のデパートやオフィスビルのエレベータに実際に乗り込んで、「エレベータに乗り込んだ人数」と「エレベータが止まる階の数」を眺め・調査してみると、この法則よりも「エレベータが停まる階の数」はかなり少ないことに気づきます。それは、エレベータに乗り込んでいる人たちの中には「一緒に行動する”グループ”」がいるからです。たとえば、エレベータの中に10人いたとしても、それが5人家族×2組だったとしたら、この法則の「人数」Nには10でなく2を入れ込んでやらなければならないからです。
…ということは、ビルの階数」と「エレベータに並ぶ人数」でエレベータが停まる回数がわかるの法則 は、「ビルの階数(M)」と「エレベータが停まる回数(F)」で「乗り込んだ人たちが”およそ”何人連れ(N)」なのかがわかるの法則、と見ることもできます。
つまり、M階建てのビルの一階でエレベータに乗り込んだら、素早く人数(N人)を数えた上で、(エレベータが止まることを示す)点灯したボタンの数(F)を眺めれば、
G=N / (log(F/M) / log( 1- ( (M-1)/M )))
という式を使うことで「フムフム、この人たちは”およそ”G人連れなんだろうな」などと推理すれば良い、というわけです。
エレベータという密室中に乗り込んだ人たちが、連れ同士が言葉を一言も交わすことがなかったとしても、こんな「法則」のごとく統計・数学的な推理をすることができます。日常生活の中には、こんなミステリーが満ちあふれていて、開花を待つ桜の蕾(つぼみ)のように、解き明かされる瞬間を待ちわびているような気がします。
3 notes :: Quote posted at 20:29 Permalink
2011/03/26
Test
Made with GIFVid for iPhone
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