これはもう本当に何度言っても言い足りないくらいなんだけど、落ち込んだりしちゃってる時はまずは体調的な原因を疑うのがいい。腹減ってるとか飲み過ぎとか。原因がわかったら、チョコでも食べながら好きな音楽聴いたりクスッと笑える何かを観たりして嵐が過ぎ去るのを安全な場所で待っていればいい。 —
@fta7’s (F太) most faved tweets (via raitu)
2011-02-13 (via gkojax-text)
うんうん。
(via psty)
(via hi-drop-69)
すばらしいものというのは、
それに出会った人の頭をくらくらさせます。
見知っているものと、見知らぬものが、
まだら状に入り組んでいて、
「わかるようでわからぬもの」であり、
「わからぬようでわかるもの」になっているので、
見ている人のこころが安定できないのです。
— ほぼ日刊イトイ新聞 - 目次 10/03/07 (via tsavorite) (via dannnao) (via usaginobike) (via kyohei1989) (via usaginobike) (via ak47) (via somar) (via johnnychallenge)
ten years later
1999年10月10日:東京見物に来たときの写真(当時岐阜と神戸で遠距離恋愛中)
2009年10月10日:東京在住5年、子供一人
2019年10月10日:どうなっているでしょうか?
ak47:
web上で公開されている小説は「いつでも読める」と思って読まないし、興味を持ったバンドの音源をyoutubeやマイスペースなどで熱心に聴こうと思わなくて、一冊の本として一枚のCDとして目の前にあってはじめてちゃんと向き合う準備が揃う。そこにはコレクター的な要素以上のなにかがあると思っているから、こういう文化は廃れないで欲しい。 — エス・オー・エス/スカート - 「あれも、これも」 (via voynich8)
(via jpegirl)
burberry prorsum pre-fall 2012
(via jansaspapers)
しかし翻って不快なともだちの流す退屈な昼食写真を表示するためにスケーラビリティを確保している我々はなにをやっているのだろうか。皆殺しにするようなテクノロジーに憧れてこのようなことをはじめたのではなかったのか? — not enough memory (via dtybywl)
(via mmmmmmmmmy)
(Source: cineraria, via metaphone)
(via ざくろの話 - so)
si7:
「かたちと意味」が観賞されるべきもので、
「かたちと意味」が重要なのであったら、
表現なんてただの「お勉強」の結果じゃないか
と、うすうす感じていたからである。
「書」の観賞は、かたちを見るのでなく、
どういう意味が書かれているのかを見るのでなく、
その場で起こったことを追跡し、感覚を共にする。
‥‥というふうに言えるかな。
勿論だ。アートはクリシェなしには成り立たないと私は思っている。完全にオリジナルだと思えるものに出会ったことはない。私がオリジナルだなと感じる時は、他人がそれをどう扱ってきたかという十分な知識を持ち合わせていない時だけだ。アートについて学べば学ぶほど、どの表現形式においても、それらがただゆっくりと経過していく1つのものなのだということが見えてくる。アーティストたちはお互いの作品の上に何かを乗せていっているだけだ。 私は「革新的な何か」よりも、「面白い進化」を支持する。面白い音楽と、あまり面白くない音楽を分けるのは、面白い形でクリシェを用いているか、クリシェをそのまま用いているかという点だ。クリシェを用いているがそれを少しだけ違う角度から見つめている音楽が魅力的な音楽として大成功を収める時があるということだ。映画でも同じだ。いい映画とは何だと考えてみると、それは次に何が起こるかが予想できるが、その何かが完全に違う方向からやってくる作品だ。そしてその作品を観た人は「これはクールだな!」と感じる。 — RA: Monolake: Sound scientist