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2010/09/03

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 毎日毎日、怒る気力もなくなるような、うんざりする事件が起き
ている。異常な雰囲気。どうしてこんなふうになってしまったんだ
ろう、ということを、テレビやなんかで考えているけれど、犯人が
事件を起こしてしまった事情はわからなくても、なんとなく、どう
してこんな事件ばかりたくさん起こるのか、は、みんなうすうすわ
かってるんじゃないだろうか。

 よく「退屈だ」とか「つまらない」とか、そんなことを言ったら
おしまいだ、と言われる。毎日が退屈なのも、つまらないのも結局
自分の責任なのだから、そんなことを言うのは、自分自身がつまら
ない、退屈な人間で、楽しむ努力をしていないからだ、ということ
らしい。非常にまっとうな物言いだ。

 退屈なら、楽しいことをすればいい、というわけだ。楽しいこと
って、何なのだろう。買い物、食事、セックス。音楽、映画、読書。
スポーツ、ダンス、ドラッグとかか。一日じゅう街をうろつきまわ
っても、何も欲しいものなど見つからず、何ひとつどきどきしない
こともある。ほんとうに面白い、刺激的なものなど、ほんの一握り
なんじゃないか。

 かと思えば、欲しいものばかりで気が狂いそうになるときもある。
私の今ほしい服は13万円、ほしい指輪は2万円、ピアスとネックレ
スも揃いにすれば5万円、ほしい靴は7万円、バリ島に行きたい、
10万円、いずれも手の届かない額ではないだろうが、こんなもの全
部手を出していたら、軽く月収が全部消える。いったいいつになっ
たら私は満たされるのか。欲しいものが好きに買えるのか。いつま
でたっても明るい未来など、見えてはこない。

 退屈だから、退屈しのぎに、美しいものが欲しい。きれいな服を
着たい。おいしいものを食べたい。知らない景色を見たい。それら
すべてにお金がかかる。仕事をしなくちゃいけない。お金をかせが
なくてはいけない。その繰り返しが毎日だったら、誰もがうんざり
してくるのは当然じゃないだろうか。なんか、つまんないよね毎日
と言われて、笑いとばせない絶望的な匂いが漂ってくる時がある。

 昔、ナンシー関が「バンジージャンプとかをキャーキャー言いな
がらやって『ああ、怖かった』とか言ってるようなやつ見ると、い
つかバチあたるぞって思う。死を弄ぶというかさ、そんなに退屈ぶ
るなよ、って思うな。だからたまに事故になったりすると、ほらな、
って思う」と言っていた。あんなの別に切羽詰まった気持ちでやっ
てるわけじゃないんだろう。死ぬほど退屈もしていないくせに、い
たずらに刺激を求めているだけなんだろう。

 つまらない、つまらない、と言っていないで、何でも楽しもうと
する気持ちが大切、とか言う人もいる。私はもっと若いころ、夢中
になったバンドがいくつもあった。ちょっと節操がないくらいに、
いくらでも夢中になれた。今はそうではない。好きなバンドは数え
るほど、好きな作家もずいぶんと減った。それは感受性が鈍くなっ
たからだとは私は思わない。見る目が肥えただけの話だ。つまらな
いものにだまされなくなった。そのことを私は、悲しいことだとは
思わない。なんでつまらないことを、退屈なことを、楽しんでやら
なきゃいけないのか、と、怒りすら感じる。つまらないことなんか
やらないほうがマシである。

 フジロックがそんなに楽しいかよ。毎年似たりよったりのメンツ
のくせに。大自然の中に響くビョークの歌声か、勝手にしてくれ。
どこの店に行っても似たりよったり、ブランドの区別もつかないく
らいに同じ服ばかり。なんでこんなにつまらない靴が作れるんだ。
こんな靴はいて何が楽しいんだ。私は毎日怒っている。食べる楽し
みを全く考慮していないカフェごはん。客の都合を考えず、店のコ
ンセプトばかりを押し付けるレストラン。リアリティ重視の小説。
リアルなんかもういい。現実なんかもういい。強力な夢を、見せて
くれ。退屈なのは自分のせい、それはそうかも知れない。でも、退
屈なものに対して「退屈だ」と言うことの、何が悪いのだろう。言
えばいいじゃないか、退屈だって。誰も言わないで黙ってるからこ
んなつまんないものだらけになってしまうんだろう。こんな服、買
ってられるかって言え。イームズ置いてりゃオシャレなのか、ふざ
けんなって言え。退屈退屈退屈、ぜんぶ退屈だ。もうそれでいい。

 コンビニで売っている、フォションの紅茶を買い占める。最初は
どこの店でも売っていたが、置いている店が一軒減り、二軒減りし
て今は滅多に売っていない。たかだか1本140円のティーオレ。
死ぬほどうまい。なんでこれを置かないんだ。カフェラッテなんか
置いてる場合じゃないだろうが。また怒る。フォションの人がせっ
かくおいしいものを作ってくれたのに、まずいものばかりが売れて
フォションが置かれない状況に信号も目に入らないほど腹が立つ。
飲み物なんて、どうでもいいか。所詮コンビニの飲み物なんて、ど
うでもいいか。そんなことの積み重ねで、なにもかもがつまらなく
なるんじゃないのか。すがるような気持ちで、おいしいティーオレ
を。これを飲んでいる間だけは、世界が違って見える。

 もっときれいな靴を。もっときれいな服を。もっとおいしいもの
を。もっと胸躍る音楽を、出来事を、ニュースを、デザインを、本
を。つまらないもので満足せず、手を打たず、退屈なら退屈だと、
怒ればいい。無知ゆえの、若さゆえの傲慢さで退屈なものなどすべ
て足蹴にして、怒り散らして探す。本当に感服するのは、退屈など
忘れるものに出会ったときだけでいい。9割退屈で憂鬱で、もうそ
れでいいや。気分よくなんか過ごせなくていい。行きたい場所など
どこにもなくて、ほしいものなど何もなくて、それでいい。何かを
ごまかして楽しいふりなんかするよりは、家に閉じこもってティー
オレを飲んでいる。

 „

http://www.fastwave.gr.jp/diarysrv/addict/200307c.html#20030723

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